ソフトウェア定義型車両(SDV)は、従来の自動車設計を大きく変えています。車両開発には依然として多くの試行錯誤が必要ですが、自動車業界は今、歴史的な転換期を迎えています。かつてはハードウェアからソフトウェアへと順を追って進める設計サイクルが一般的でしたが、現在はより効率的な「ソフトウェア主導の設計フロー」へ急速に移行しています。
ルネサスは、デジタルツールやAIモデルを活用し、この「シフトレフト」アプローチを推進しています。目的は、設計とイノベーションを加速させると同時に、研究開発効率を最適化することです。この背景には、広範囲におよぶデジタライゼーションとソフトウェア戦略があります。現在の車両には1億行を超えるコードが組み込まれており、こうした進化は実務上の必然とも言えます。ソフトウェアへの依存が高まることで、継続的なソフトウェアの更新と実装、複数のサプライヤの水平統合、大掛かりな設計検証への対応が求められます。これにより、OEM各社はソフトウェアの内製化を進め、半導体サプライヤは単なる部品提供からプラットフォーム提供へと役割を拡大する新たなエコシステムが形成されています。
こうした変化を見据えて、ルネサスはスケーラブルなR-Car SoCとソフトウェア開発プラットフォームを提供しています。R-Carは、E/E(電気/電子)アーキテクチャの中央集中型への移行を支援し、先進運転支援システム(ADAS)や自動運転車(AD)の設計にも対応します。2024年にはSDVk向けに構築されたR-Car Open Access (RoX)プラットフォームをリリースしました。これはで、ハードウェア、OS、ソフトウェアスタック、ツール類を統合し、すぐに使用可能な環境を提供することで、次世代車両の開発を加速します。



R-Carは、Arm CPUと複数のハードウェアアクセラレータを組み合わせたヘテロジニアスアーキテクチャを採用しています。共通ツールチェーンを備えているので、ADAS、車載情報(IVI)システム、ゲートウェイ向けの各ECU間でソフトウェアの再利用もできます。さらに、クラウドネイティブな開発、カスタマイズ可能な設計シミュレーションを可能にします。これによりRoXプラットフォームは、OEM各社やサービスプロバイダがソフトウェアを共有するモダンなバリューチェーンに合わせて継続的にアップデートすることで、SDVライフサイクルのサポートを拡大します。
RoX AI Studio:クラウドネイティブなMLOpsでSDV開発を加速
R-CarとRoXプラットフォームは、SDV開発を加速し、複雑な車載組み込み処理システムを効率的に管理する手段として、多くのお客様に利用されています。しかし、その過程で、クラウド上でAIトレーニングを行う段階と、自動車向けSoCに新機能を実装する段階、つまりラボと実車の間に埋めがたいギャップが存在することが明らかになりました。
この課題を解決するために登場したのが、RoXプラットフォームを拡張した新しいツール「RoX AI Studio」です。このMLOps(機械学習運用)ツールを使えば、クラウドベンダが運用するクラウド制御プレーンを介してHIL(Hardware-in-the-Loop)デバイスファームに接続でき、試験用ボードの順番待ちをすることなく、AIモデルの実環境性能をリモートで評価できます。さらに、継続的インテグレーションと継続的デプロイ(CI/CD)により、ツールチェーン全体が常に最新の状態に保たれ、ローカルへのインストールなしで機能改善が自動的に反映されます。これにより、開発サイクルの高速化、予期しないトラブルの削減、そしてAIモデルの学習から車載対応のHIL検証までをシームレスにつなぐことが可能になります。

MLOpsとは何か — RoX AI StudionによるSDV開発での実現方法
MLOpsを理解するためには、その前提となる考え方を押さえることが重要です。MLOpsは、DevOps(Development〈開発〉とOperations〈運用〉の複合語)という概念を発展させたものです。DevOpsは、ソフトウェア開発のライフサイクルを短縮するために、ツールとベストプラクティスを統合するというコンセプトであり、その実現には開発チームとIT運用チームの間にある壁を取り払い、より効果的な連携を促すことが求められます。
DevOpsは、ソフトウェアコードやサービスに対する統合・テスト・デプロイの各プロセスを確実に回すための運用手法です。一方、MLOpsはこれに加えて、AIデータとモデルを対象とします。開発ライフサイクルは反復的であり、実験が分岐し、選択肢を追跡・比較・昇格させる必要があります。RoX AI Studioは、R-Car SoC上でモデル検証を行うことで、AIモデルの開発から運用までをスムーズに結びつけます。
RoX AI Studioは、次の方法でSDV向けの自動車用MLOpsを実用化しています。
- モデルの取り込みとレジストリ: ルネサスは、厳選したAIモデル集めたModel Zooを提供しています。ユーザは、独自または機密モデルを持ち込む(BYOM:Bring Your Own Model)ことも可能で、R-Carでの迅速な性能評価を実施できます。
- 自動更新: オーケストレーションワークフローで操作負担を軽減し、モデルの処理を抽象化してSoCへのデプロイを容易にします。さらにCI/CDにより、AIツールチェーンの最新版が自動でリリース、実装されます。
- HIL評価: クラウド上のMLOps環境は、R-Car SoCを実装した多数のデバイスが稼働する検証用ラボと接続されており、オンデマンドで推論実験を実行します。これにより、物理的な作業なしで、AIモデルのリモート検証が可能です。
- 結果と成果物: 推論実験からメトリクスやログを収集し、それらを比較表やグラフとして集約します。
- スケーラブルな実験環境: 複数のモデルやバリアントを並列で実行し、実環境下の制約下で、精度とレイテンシの最適なバランスを比較できます。
- 柔軟なデプロイ: 開発初期には高速な検証のためルネサスのクラウド環境を活用し、後にSoCの入手性が高まれば、同じスタックをプライベートクラウドに移行して展開できます。
自動車業界における「シフトレフト」戦略を加速させるRoX AI Studio
自動車の開発スケジュールは急速に短縮しています。従来は3~4年かかっていたプラットフォーム開発サイクルが、現在では1~2年へと移行し、さらにOTAアップデートによって市場投入後も機能を継続的に強化する時代になりました。このため、シフトレフト思想を採用する設計チームは、ターゲットデバイス(リモートまたは仮想)を活用し、ハードウェアとソフトウェアの検証をより早期に行う必要があります。
これはOEM各社にとって大きな課題です。多くの企業はAIモデルのトレーニングに多額の投資を行い、フィールド上の車両に対して継続的な機能アップデートを提供することで、自社のAIネットワークを進化させようとしています。しかし、開発サイクルの短縮により、OEM各社は多数のデバイス選択肢を同時に、大規模かつ多角的にテストする必要があり、不適切な開発経路に過剰投資するリスクを避けなければなりません。
こうした課題に対し、OEM各社やティア1サプライヤはRoX AI Studioを活用することで、自社のMLOps戦略に沿ったスケーラブルな環境で、対象デバイスの迅速な検証を実現できます。RoX AI Studioは、クラウドとラボ環境をつなぐインフラ管理をシンプルにし、開発者にとって使いやすい体験を提供します。これにより、事前学習済みモデルをR-Car SoC上で展開・評価するための自動化されたワークフローを構築できます。また、実験を直列ではなく並列で実行し、デバイスファームへのアクセスを可能にすることで、ボードが到着する前から世界各地の開発チームが開発を開始し、その後もスケールアップして継続できます。
自動車OEM各社にとってこれは、開発を早く開始できるだけでなく、後工程で発生しがちな予期せぬトラブルを未然に減らすことにもつながります。さらに、クラウド環境で構築したソフトウェア資産を車載機器へシームレスに移行でき、プライベートクラウドや仮想プラットフォームへの展開もスムーズに行えます。その結果、より高精度な製品開発が可能となり、市場投入までの期間を大幅に短縮できます。
ソフトウェア定義時代におけるプラットフォーム志向の設計
SDVの設計に取り組む自動車メーカーは、ハードウェアとソフトウェアの並行開発に注力しており、市場全体ではクラウドネイティブな機械学習ツールへの集約が進んでいます。しかし、MLOpsの標準プラットフォームはまだ確立されていません。
RoX AI Studioは、SDV設計のための標準的な基盤を提供し、その上でのAI開発を実運用レベルまで引き上げます。従来のDevOpsの枠を超え、「ワンストップスタジオ」モデルを支える存在として、設計の早期検証、高速な反復、そして確信を持ったデプロイを可能にする「シフトレフト」文化への変革を後押しします。
RoX AI Studioは現在、一部の顧客に限定して提供されており、2026年には幅広く提供される予定です。
ニュース&各種リソース
ページ 2025年8月29日 |
ニュース 2025年1月8日 |
ニュース 2024年11月13日 |
ニュース 2024年9月24日 |
ニュース 2024年6月20日 |
ニュース 2023年11月7日 |






