近年、スマートビルや大規模商業施設の建設が進む中で、「安全」は最も重要なテーマのひとつとなっています。商業ビルで火災が発生すると、甚大な人的被害と財産損失を引き起こします。そのため、多くの国の消防法では商業施設への火災警報システムの設置が義務付けられており、これが世界的な煙検知器市場の着実な成長を促しています。近年、建築物へのポリウレタン(PU)などの高分子材料が多用されることで、火災時の煙は微細化し、早期検知が難しくなっています。その結果、煙検知器での煙検知が難しくなるとともに、求められる性能も厳しくなっています。
ルネサスが提供している煙検知器ソリューションは、UL 268の要件に基づいて開発したものであり、高精度で誤報が少なく、更に低消費電力で、導入コストの大幅削減を実現します。以下では、本ソリューションの紹介とそのメリットについて説明します。
煙検知器の動作原理
煙検知器には、イオン式、光電式、熱感知式など、いくつかのタイプがあるのをご存知ですか?それぞれの方式には独自の仕組みと用途があり、設置する場所や目的に合わせて選ばれます。その中で、光電式煙検知器は高精度で誤報が少なく、しかも低コストなので、住宅から商業施設まで幅広く使われています。光電式煙検知器の動作原理は、図1に示すようにLEDとフォトダイオード(受光センサ)で構成されています。通常時は、LEDの光が直接フォトダイオードに届かない構造になっていますが、火災などで煙が発生すると、その煙の粒子が光を乱反射させ、フォトダイオードがその光を検知します。これにより、検知器が火災を検知して警報を発する仕組みです。
従来の光電式煙検知器は、赤外線LEDのみを用いて煙を検知していましたが、近年の規格の厳格化により、必要とされる検知精度を満たすことが難しくなっています。光の散乱は、煙粒子の大きさが入射光の波長に近いときに最も強くなるという特性があります。この特性に基づき、近年では異なる波長のLED(例:赤外線や青色光など)を組み合わせて使用することで、燃焼物の種類によって異なる粒子特性にも対応できるようになりました。これにより、さまざまな火災による煙をより早く正確に検知できるだけではなく、調理中の煙や粉塵などによる誤報も大幅に低減することが可能になります。
ルネサスが提供するソリューション
ルネサスはUL268規格の要件に準拠した商業ビル向け多波長煙検知器ソリューションを提供しています。 本ソリューションは、RL78/G22 マイコンを中心に、AFE IC、赤外線LED、青色LED、フォトダイオードなどで構成されています。また、商業ビル向けの仕様要件を考慮し、主電源は24~40Vで設計されており、電源供給部には電流制限回路(160µA未満)を搭載しています。
本ソリューションの主な特長は以下の通りです。
- 高精度な煙検知: 異なる波長の光が、煙粒子のサイズによって散乱効率が異なる原理を利用し、青色LEDと赤外線LEDを組み合わせて煙を検知します。これにより、様々な種類の煙に対して高精度な検出が可能になります。
- BOMコストの削減: マイコンと光電式煙検知器用AFE ICの構造をシンプル化することで、外部電子部品の数を最小限に抑え、PCBの小型化とコストダウンを実現しました。
- 超低消費電力: 採用しているRL78/G22は、業界トップクラスの低消費電力(CPU動作時:37.5μA/MHz、STOP時:200nA)を実現しています。さらに、SNOOZEモードシーケンサ機能を活用することで、CPUがスタンバイ状態のままセンサが動作でき、システム全体の消費電力を大幅に低減します。図4は、火災未発生時にLEDとフォトダイオードを間欠的に動作した場合のスタンバイ電流の比較結果です。
この超低消費電力は、従来型火災警報システムにとって非常に重要なものとなります。商業ビル向けの火災警報システムでは、コストパフォーマンスに優れた従来型のシステムが現在も広く採用されています。本ソリューションは煙検知器、受信機、警報器などで構成される従来型火災警報システムに対応しています。従来型火災警報システムにおいては、煙検知器の消費電力が低いほど、同一のサブシステム内に接続できる煙検知器の台数を増やすことが可能です。そのため、本ソリューションでは超低消費電力マイコンRL78/G22を採用することで、煙検知器消費電力を大幅に低減し、システム全体のサブシステム数を削減でき、結果として建物全体の導入コスト削減を実現します。
ソリューション評価のサポート
評価を容易にするため、下図のように評価ボードをPCに接続すると、Tera Termを使用してフォトダイオードが受光した各LEDのAD値を確認することができます。これにより、煙検知のプロセスを可視化できるほか、パラメータ調整時の評価もスムーズ行えます。
※ご利用の際は、別途USBシリアル変換器の接続が必要です。
スマートビル時代における新たな動向
スマートビルとIoT技術の進化に伴い、煙検知器は「単独で警報を鳴らす装置」から、建物全体の安全ネットワークを支えるスマートノードへと進化しています。今後の検知器は、煙を検知するだけでなく、無線通信やAIアルゴリズムを活用し、遠隔監視・誤報抑制・予知保全を実現し、ビル安全システムの中核を担う存在になっていきます。
この変革の鍵は、低消費電力と高信頼性です。ルネサスは、超低消費電力マイコン(RL78、RA)をはじめ、IoT技術、エッジAIを組み合わせることで、長寿命かつスマートな煙検知ソリューションを実現し、「安全を検知する」から「未来を感知する」へ、パートナーと共によりスマートで安全なビルエコシステムの構築に貢献していきます。