メインコンテンツに移動

エッジAIに進化をもたらすプロセッサ開発への取り組み

画像
Daryl Khoo
Daryl Khoo
エンベデッドプロセッシング事業部 事業部長
Published: August 22, 2025

IoTにおけるエッジAI(AIoT)は、民生や産業の幅広いアプリケーションで、データの取得や処理、分析方法を革新し、実用的な成果を生み出しつつあります。クラウドAIは、データ遅延やセキュリティ管理、消費電力を考慮する必要がありますが、AIoTはデータソースの近くにAIを配置します。これにより、プライバシの強化と消費電力の低減を図りつつ、現場でのリアルタイムな意思決定を可能にします。

しかし、AIをIoTエッジに実装するには、依然として克服すべき技術的課題があります。クラウドAIは、処理能力が格段に高い一方で、大量のメモリと電力を必要とします。IoTデバイスはバッテリ駆動であることが多く、消費電力に制約があるため、そのままでは実装が困難です。組み込みエンジニアは、AIの精度を維持しつつ、マイコン(MCU)やマイクロプロセッサ(MPU)など、低消費電力なハードウェアで効率的に動作する、高度に最適化された軽量なAIモデルを必要としています。

画像
Artificial intelligence at the IoT edge is redefining how connected devices capture, process, and analyze data to render actionable outcomes.

TinyMLによるAIoTの実現

AIoTはクラウドサーバへの依存が限定的で、データをローカルにAI処理します。ローカルセンサにAIモデルを組み込むことで、クラウドでの分析を待たずして異常や故障を検知できるため、例えば予知保全機能を工場設備にスムーズに導入できます。あるいは、家電にAI機能を強化した音声インタフェースを搭載すれば、音声データをネットワーク経由で送信することなく、プライバシを保ったまま、キーワードなどで操作できます。

AIデータセンタで見られる動きと同様に、エッジAIoTも推論モデルの多様化、拡大に対応するために進化し続けています。データセンタにおけるAI推論モデルは、強力な並列プロセッサによって数十億のパラメータを有する大規模言語モデル(LLM)を処理することができます。一方、MCUやMPUで動作するように開発された小規模なAIモデル「TinyML」であれば、少ないメモリと計算負荷でリアルタイムAI分析が可能です。さらにTinyMLは、音声、映像、センサデータを組み合わせたマルチモーダルアプリケーションを実現し、環境モニタリングや自動搬送などの高度な用途にも対応可能です。

エッジAIoTでは、遅延なくリアルタイムにデータ処理することも重要な要件の一つです。その際、データの安全性とプライバシを確保するために、強固な暗号化やRoot of Trust(信頼の基点)をエンドポイントに直接実装する必要があります。これによりスマートホームの音声認識や自律型センサなど、多くのコンシューマおよび産業向けアプリケーションで、極めて低レイテンシかつ安全なリアルタイムAI処理が可能になります。コンパクトな機械学習モデルを実現するTinyMLにより、IoT機器上で効率的に動作しつつバッテリ寿命も延ばすことができます。

エッジAIoTに最適化された新たなMCUとMPUを発表

ルネサスは、エッジAIoTアプリケーションへの対応を強化するため、プロセッサのポートフォリオを拡充し、新たにAI処理専用に設計されたニューラルプロセッシングユニット(NPU)を集積した、高性能かつ低消費電力のMCUとMPUを発売、量産を開始しました。

32ビットマイコン「RA8P1」は、音声や映像を対象としたエッジAIアプリケーション向けに設計されています。1GHz動作のArm® Cortex®-M85と250MHz動作のArm Cortex-M33によるデュアルコア構成に加え、最大256 GOPSのAI性能を誇るArm Ethos-U55 NPUを搭載しました。セキュリティ面では、Arm TrustZone®によるセキュア実行環境、ハードウェアRoot of Trust(信頼の基点)、セキュアブート、高度な暗号化エンジンを備え、エッジデバイスに安全にAIを導入可能です。

64ビットMPU「RZ/G3E」は、HMI(ヒューマンマシンインタフェース)機器向けに、Arm Cortex-A55 を4個とCortex-M33に加え、高度なグラフィックス機能を搭載しFull HDの2画面表示が可能です。さらに、Arm Ethos-U55 NPUを内蔵し、最大512 GOPSのAI性能で画像分類、音声認識、異常検知を実行し、メインCPUの負荷を大幅に軽減します。

画像
New AIoT MCU/MPU Architectures

AIoTアプリケーション向けに電力と性能を最適化したArm NPU

Arm Ethos-U55 NPUは、ResNet、DS-CNN、Mobilenetといった代表的なニューラルネットワークモデルに対応し、CPUのみの場合と比べて最大35倍の推論速度を発揮します。高スループットの並列計算で数十~数百ワットを消費するGPUとは異なり、Ethos-U55はミリワットレベルの消費電力でハードウェアアクセラレーションによる推論を実行できるため、IoTエッジデバイスに理想的です。また、Arm NPUは圧縮および量子化されたニューラルネットワークに対応し、メモリ使用量と計算負荷を抑えながら、リアルタイムにローカルでのAI処理を可能にします。

AI開発用の新フレームワーク「RUHMI」による開発の効率化

新製品の発売と同時に、ルネサスはエッジAIoT設計を加速する新たなAI開発用フレームワーク「RUHMI(ルミ)」をルネサス独自の統合開発環境「e² studio」に統合しました。RUHMI(Robust Unified Heterogeneous Model Integration)は、リソース制約のあるデバイス上でのAIワークロードを効率化するためのエンドツーエンドのツールセットであり、ルネサスとして初となる包括的なMCU/MPU向けフレームワークです。また、TensorFlow Lite、PyTorch、ONNXなどの主要なMLフォーマットに対応しており、事前学習済みモデルをインポートして最適化することで、高性能かつ低消費電力のエッジAIを実装できます。

さらにRUHMIは、直感的なツール、サンプルアプリケーション、デバッグ機能を提供するe² studioによってさらに強化されています。両者を組み合わせて活用することで、画像や音声データの前処理からNPUでの推論、そして結果の後処理までを、一貫した環境でスムーズに実行できます。

性能と低消費電力の両立がエッジAIoTを支える

Grand View Research社の調査によれば、世界のエッジAI市場は2024年に200億ドルを超える規模となり、2030年には約665億ドルに達すると予測されています。成長の原動力は、ネットワークエッジにおけるリアルタイムなデータ処理と分析への需要拡大です。

低消費電力、ローカルでの処理、優れたコスト効率といった特長から、エッジAIoTの映像や音声アプリケーションでは、MCUやMPUが使われる傾向が強まっています。クラウド接続と高い消費電力を要するGPUとは異なり、MCUやMPUはエンドポイントで直接データを処理できるため、ネットワーク遅延を伴わずにリアルタイムな推論と意思決定を実行できます。さらに、機密データをデバイス上に保持することで、常時クラウド通信する必要がなくなり、セキュリティとプライバシも向上します。

この高速性、省電力性、そしてデータセキュリティの組み合わせにより、MCUやMPUはウェアラブル機器、スマートホーム、産業用エッジAIシステムに理想的な選択肢となります。

画像
AI and IoT Diagram

高精細ビジョン、セキュリティ、IoTサプライチェーンを強化

ルネサスでは、TinyMLによる高効率なモデルを活用してエコシステムの拡充を進めるとともに、Vision Transformer(Vi-T)ネットワーク向けMPUの開発にも取り組んでいます。Vi-Tはもともと自然言語処理のために設計されたTransformerモデルを画像認識に応用したもので、消費電力の大きいGPUとは異なり、冷却ファンを必要とせずに高解像度の画像や映像を処理できるのが特徴です。

また、従来型および次世代のサイバー攻撃に備え、量子コンピューターにも対応可能なポスト量子暗号(PQC)など、ゼロタッチで導入可能なセキュリティソリューションを開発し、増大するサイバー脅威への防御を強化しています。

さらに、AIを活用したハードウェアやソフトウェア、ツールチェーンの開発を推進すると同時に、従来型(非AI)製品や、現在の多くのIoTシステムを支えるオープンソースソフトウェア環境へのサポートも継続します。急速に変化するIoTの世界に対応するため、ルネサスは、パートナエコシステムとの連携を強化し、お客様が持続可能でスマートかつセキュアなIoTシステムを安全、確実に設計できるよう、支援してまいります。