パワー半導体の分野において、従来のシリコン半導体は、次世代のコンピューティングやエネルギー変換プラットフォームに必要な性能、密度、効率の基準を満たすのに苦戦しています。その対象は、AIデータセンタや電気自動車(EV)、産業用ロボットなど多岐にわたります。こうしたアプリケーションでは、高速スイッチングや電力損失の低減が求められます。一方で、大型のヒートシンクや冷却システムを搭載するスペースは限られています。
こうした課題を克服するために登場したのがワイドバンドギャップ半導体です。特に窒化ガリウム(GaN)は、シリコン(Si)や炭化ケイ素(SiC)が抱える物理的制約を打破し、優れた性能指数(FOM)を実現します。高速スイッチングや低い導通損失およびスイッチング損失、容易な熱管理により、GaNはコンパクトな電源設計を可能にします。これにより、電力密度の高いデータセンタのラック内でも、AIやハイパフォーマンスコンピューティング(HPC)の処理を効率的に支えることができます。GaNは電気自動車(EV)のオンボードチャージャやDC/DCコンバータにおいてもシステムを軽量化し、航続距離の延長にも貢献します。また、工場内ロボットのモータや、無停電電源装置(UPS)、太陽光発電用マイクロインバータといった再生可能エネルギーシステム用途にも、高い電力効率とコンパクト設計を実現します。
ルネサスのGaNへの取り組み
ルネサスは、GaNに注力するにあたり、2024年にTransphorm社を買収しました。Transphorm社は、カリフォルニア大学サンタバーバラ校にその技術的ルーツを持ち、同校のSolid State Lighting and Energy Electronics Center(SSLEEC)から2007年に設立されたGaN分野のパイオニア企業です。
Transphorm社のGaNは、独自のSuperGaN技術として、高耐圧のD-mode GaNと低耐圧のSi MOSFETを直列に接続したカスコード構造を活用しています。GaNの高速スイッチング性能はそのままに、シリコンベースの標準的なドライバで容易に駆動することができるため、使いやすさと堅牢性を両立します。これにより、高性能かつ高信頼性が求められる幅広いアプリケーションにおいて、スムーズにGaNを導入することができます。
ルネサスは、Transphormの買収により1,000件以上の特許とGaN製品および、製造の技術と能力を獲得しました。日本と台湾に製造能力を保有し、カリフォルニアに研究開発拠点があります。さらルネサスは2025年初め、Polar Semiconductor社(本社:米国ミネソタ州)と2027年から200mm ウエハでGaN-on-Siデバイスを製造する計画について合意したことを発表しました。これにより、米国内における重要な製造拠点も確保しました。
ルネサスは、GaNとパワーマネジメントデバイスやドライバ(ICとGaNを統合した製品を含む)、そして豊富なマイコン製品群およびウィニング・コンビネーションのリファレンス設計と組み合わせることで、将来的には急速充電器からメガワット級のAIサーバまでをカバーするターンキー型のGaNソリューションを提供していきます。
GaNの活用分野
現在、GaNによって最も大きな恩恵を受けているのはデータセンタです。AIやHPCの演算処理に対応するため、従来は数十kW(キロワット)規模だったサーバラックが、現在ではラックあたり600kWにまで拡大し、AC/DC変換システムは1MWに達しています。こうした電力密度の向上に加えて、AIデータセンタは、Vienna整流器のような双方向電力変換トポロジや、より高いスイッチング周波数の採用によって、増大する設備需要に対応しています。ハイパースケールデータセンタの規模は、この10年間で約1万平方フィートから100万平方フィート超へと急拡大しました。さらに、2030年末までにデータセンタの処理能力を3倍に引き上げる計画を進めている事業者も存在します(注1)。
GaNは、低い導通損失およびスイッチング損失、そしてSiやSiCを上回る高速スイッチング性能により、高密度DC/DCコンバータや、効率99%を達成するブリッジレス方式トーテムポール力率補正回路といった、先進的な回路構成を可能にします。2025年7月には、ルネサスはTransphorm社の買収後初となる新製品、「第4世代プラス(Gen IV Plus)プロセスを採用した高耐圧650V GaN FETを発表」しました。新製品は、従来世代に比べてダイサイズを14%縮小し、性能指標(FOM)を20%向上させました。
EVと産業用ロボットへの展開
GaNは、EV(電気自動車)のオンボードチャージャやDC/DCコンバータにも最適です。GaNの横型アーキテクチャによる双方向スイッチ(BDS)を活用することで、双方向の電力フローを必要とするAC/DC変換回路を簡素化し、部品点数を削減するとともに、システム効率を高め、充電サブシステムのサイズと重量を低減します。GaN技術はTier1サプライヤや自動車メーカにも紹介されており、早ければ2030年モデル以降に導入が開始されると見込まれています。
現在、トラクションインバータの分野ではSiCが主流となっていますが、最終的にはトラクション分野でもGaNの活用が拡大すると見込まれており、EVメーカーはその可能性を模索し始めています。 産業用ロボットやFA製品においては、効率性、信頼性、そして小型化が最も重要視されます。GaNは、モータシステム全体の効率を高めることで、小型ながら高効率なサーボドライブやACドライブを可能にします。これにより、より軽量で俊敏なロボットアームが実現し、システムコストの削減にもつながります。
GaNの課題と可能性
GaNの可能性は世代ごとの進化によってますます明らかになっており、すでにウェハは150mmから200mmへの移行が進んでいます。さらに長期的なロードマップでは、シリコン同等の経済合理性を実現するため、300mmウェハへのシフトも示されています。ルネサスの差異化の源泉は、実績あるカスコード構造のSuperGaN技術、GaNとコントローラやドライバを1パッケージに統合する能力、そして世界トップクラスのシステムレベル設計の知見にあります。
自動車や産業オートメーションといった高い信頼性が求められる分野において必要とされる厳格な仕様を満たすために、ルネサスのGaNポートフォリオは、半導体の認定基準であるJEDECの規格JESD47を上回り、HTOL(高温動作寿命)試験のようなスイッチング条件下においても高い信頼性を実現しています。さらに、最新の第4世代プラス製品は、2027年半ばまでに自動車向け認証(AEC Q101)に対応できるよう準備を進めています。また、GaNの寄生成分を低減し、熱性能を最適化するうえで、先進パッケージ技術も重要な要素となっています。ルネサスのGaNは、業界でも屈指の幅広いパッケージポートフォリオを展開しており、新たに上面放熱パッケージ(TOLT)を製品化したほか、ドライバとFETを一体化したソリューションも開発中です。
こうした設計や製造上の課題は、効率的なスケーリングを実現し、信頼性の新たな基準を打ち立て、パッケージの標準化を促進するとともに、お客様がディスクリートデバイスからシステムレベルのソリューションへ移行するのを後押しします。
ルネサスのGaNにおける今後の展望
AIデータセンタ、EVの駆動系、産業用ロボットのサーボ、再生可能エネルギーの電力変換システムといった分野におけるメガトレンドが、GaNの採用を加速させています。ルネサスはすでに確立した高耐圧GaN(650V以上)に加え、40~200V帯の低耐圧GaN製品を開発中です。これにより、 AI HVDC(高電圧直流)システム(48Vから12Vや1Vへの変換)、PCクライアントコンピューティング、バッテリマネジメント、産業用電動工具、eモビリティなど、2次側の電力変換領域にまで適用領域を広げていきます。こうした戦略により、GaNはルネサスのワイドバンドギャップ半導体ポートフォリオの中核を担う存在となります。そして、マイコンやSoC、アナログ、パワーマネジメントICといった当社の豊富な製品群と組み合わせ、システム知見を活かすことで、次の10年のパワーエレクトロニクスの姿を形づくっていきます。高密度化、高効率、高い信頼性が求められるあらゆる分野において、GaNはその力を発揮します。
ルネサスは、Transphorm社の買収とGaN技術への継続的な取り組みを通じて、GaNの事業規模拡大、ブランド力向上、そしてエコシステムの支援体制を着実に構築しています。新製品や大口径ウエハの製造、パッケージング、品質認証における取り組みは、同時にパワーエレクトロニクスを再定義する絶好の機会でもあります。
今後ルネサスは、GaNポートフォリオの拡充を続け、お客様がより小型で高速、効率的かつ信頼性の高いシステムを開発できるよう次世代のパワーエレクトロニクスを進化させ、安全でスマートかつ持続可能な未来の実現を力強く支えてまいります。
参照
(注1)O'ryan Johnson, CRN, 「AWS, Meta, Microsoft, Nvidia, And Oracle: Five Data Center Deals Worth $676B Announced This Month(AWS、Meta、Microsoft、Nvidia、Oracle)」、CRN、2025年1月
ニュース&各種リソース
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