人工知能(AI)、電動化、そして先進的な車載安全機能の進化により、半導体のSoC設計は大きな変革期を迎えています。ルネサスは、この変化を自らの強みをさらに強化する新たなチャンスとしてとらえ、車載SoCの開発に注力しています。
最近の動向として、車載SoC市場は急速に拡大しており、2023年に500億ドルを超えたとの試算もあり、極めて活発です。ルネサスは2024年11月に、CPUとAI処理用NPU(ニューラルプロセッサユニット)やIVI用GPU(グラフィックプロセッサユニット)をモノリシックに搭載し、さらにチップレットを追加することによりさらなる性能強化が可能な、車載用第5世代SoC「R-Car X5H」を発表しました。また、2025年1月のCESでは、Hondaとルネサスは協業を発表し、「Honda 0シリーズ」の次世代EVに向けて、業界最先端のAI性能と電力効率を備えたSoCを開発していくことに合意しました。
今後、次世代ソフトウェア定義車両(SDV)では、SoCの重要性がますます高まり、半導体企業も「部品サプライヤ」から、自動車OEMやTier1企業と緊密に連携し、信頼されるソリューションパートナーへと進化していく必要があります。
そこで今回、ルネサスのハイパフォーマンスコンピューティング(HPC)日本SoC開発統括部、ヴァイスプレジデントの飯塚恭弘にSoC開発の展望について聞きました。ソニー出身の飯塚は、車載SoCの強化をさらに加速させるために、2024年後半にルネサスに加わりました。

車載SoCとAIの融合がもたらす未来
聞き手:飯塚さん、よろしくお願いします。まずは、車載SoCとAIの融合が進む中、どのような展望をお持ちですか?
飯塚: ルネサスは、機能安全対応や信頼性といった車載分野の強みと、最先端の手法を取り入れる柔軟性を兼ね備えており、この分野において高い競争力を持っていると思います。私はいつも、SoCが製品の限界を決めると考えてきました。ソフトウェアの重要性はより高まり、車載ではSDVがキーワードになっていますが、ソフトウェアの可能性や制約も、SoC次第です。ほとんどの巨大IT企業が自社でSoCを開発している事実が、それを物語っています。
私のバックグラウンドであるデジタルイメージングの進化を見てみましょう。カメラの解像度はVGAから8Kへと100倍に向上しました。また超低レイテンシのAIが高速で動く人や動物の瞳を追跡し、瞳にフォーカスを合わせ続けられるようになりました。これは人間の能力の限界を超えており、今やプロの写真家でさえ、AIに頼る時代になりました。
車載SoCの進化も、人間の限界を超えるという意味で、カメラ技術と共通しています。AIチップ(SoC)を搭載した自動車は、人間の能力を超えて衝突を回避できるようになるでしょう。自律運転のようなものに対して反射神経のような役割を果たすリアルタイムAIと、人々の計画、行動、好みを理解して車に指示を与える大脳のようなAIという、階層構造が見られるようになるはずです。ネットワークに接続できないデバイスが時代遅れに見えるのと同じように、生成AIで操作できないデバイスも、おそらく時代遅れに見えるようになるでしょう。自動車は他のデバイスに比べてネットワークへの接続が遅かったものの、生成AIで操作できるようにする取り組みは比較的進んでいます。
車載SoCの仕様を決める際に大切なこと
聞き手:進化のスピードが速まる中、車載SoCの仕様を決める際に大切なことは何ですか?
飯塚:SoCの仕様を決める際には、最終製品であるクルマがお客様にどんな価値を提供するのか、その未来像を見据え、デバイス構成だけでなく、ソフトウェアやネットワークも含めて全体像を描くことが大切です。とはいえ、私たちは自動車メーカーではありませんから、自分たちの想像力だけで未来のクルマを描くことはできません。だからこそ、OEMやTier1といったお客様との対話を通して、自動車の将来の方向性を見極め、その過程で立ちはだかる課題を把握し、ルネサスとして取り組むべきソリューションを明らかにしていきます。

SoC開発を進める上でのルネサスの取り組み
聞き手:SoC開発を進める上での、ルネサスの取り組みを聞かせてください。
飯塚:まずは現行の開発体制をより強化したいと考えています。日本国内の設計拠点を世界トップクラスの水準へと引き上げるために、最先端の大規模開発プロジェクト管理手法や開発プロセスを取り入れ、設計技術をさらに進化させ、優秀な人材を呼び込みます。ルネサスのエンジニアリングチームは、米国、インド、ベトナムでも活躍していて、どの拠点にも一流の半導体企業で実績を積んだエンジニアが多数在籍しています。日本のエンジニアも、世界的に見て非常に高い技術力を持っているので、よりよい手法や考え方を導入することで、より強固な組織になると考えています。
どのように開発体制を強化するのか
聞き手:開発体制を強化する上で何が大切ですか?
飯塚:グローバルに統一されたインフラと開発体制を整備していく中で、鍵となるのが、ルネサス内での「シフトレフト」の取り組みです。シフトレフトとは、プロジェクトの初期の計画段階から課題を解消する戦略を立案し、リスクを早期に検出・対応していくという取り組みです。これにより、潜在的な問題をあらかじめ見通し、先回りして対応できる体制が整います。
仕組みや体制だけでなく、このために私がマネジメントとして、ソニー時代から今も大切にしている組織カルチャーがあります。それは「問題を報告しやすい雰囲気」「チームとして互いに助け合う文化」「課題を積極的に早期発見し、解決する姿勢」です。私は、SoC開発チームを率いる立場から、ルネサスが自動車設計の未来をともに切り拓く戦略的パートナーとして成長し続け、将来に欠かせない存在となることを目指して、チーム一丸となって取り組んでいきます。
ルネサスに入社した経緯
聞き手:ところで、前職のソニーからルネサスに入った動機を教えてください。
飯塚:ソニーでは、大規模SoCやAIプロセッシング専用LSI等の開発をGeneral Managerとしてリードしてきました。プロカメラマンがオリンピックの撮影に使うようなハイエンドのミラーレス一眼カメラや、映画やドラマの撮影に使う業務用カメラのプラットフォームとなるSoCです。また、開発を通じて組織や開発プロセスを改革することも大事だと考え、約5年間SoC開発の改革に取り組んできました。ルネサスではソニーでの経験が生かせると感じました。
聞き手:なぜルネサスを選んだのですか?
飯塚:日本の半導体業界の大きな柱は車載であり、ルネサスは車載領域で自社ブランドの大規模SoCを、最先端プロセスで開発できる優れた企業です。つまり、私から見るとルネサスの改革に貢献することは、日本の半導体業界の改革に貢献することと同じだと考えました。ソニーでのSoC開発の改革の経験が生かせますし、お話をもらった時に日本で一番適任なのは自分だ、この話を引き受けなければいけない、と考えたのです。本当にそうかはわかりませんが、とにかく、これは自分の50代をささげる価値がある仕事だと考えました。
また、ルネサスは一昔前に比べて大きく変わっていました。多くの買収を繰り返し、デバイスを売る会社から、ソフトウェアを含めたソリューションを売る会社へと変貌していました。これは日本の製造業が不得意としていることです。また、役員も社員も半数以上が日本人以外で構成されており、グローバルな企業に変貌していました。さらに利益率を見ると、日本の製造業としては超優良企業です。昔のルネサスとあまりに違っていたのでいい意味で驚きました。いったいどんな経営をしているのだろう、中に入って学びたい、と大変興味を持ったことからルネサスに入りました。
グローバルなSoC開発チームで働く魅力
聞き手:グローバルなSoC開発チームで働くうえでの魅力や難しさについて聞かせてください。
飯塚:SoC開発チームには、プロジェクトマネジメントからシステムアーキテクチャ、設計、検証、パッケージングに至るまで、あらゆる分野のエキスパートが世界中から集まっています。自分と異なる視点や経験を持った多くの優秀な人からなるチームで働くことは刺激的で、学びも多いと日々感じています。
この多様性のあるチームを機能させるために大切なポイントは、チーム全員が同じ景色を見ることです。同じ景色を見ることができれば、議論がかみ合い、チームとして同じ方向を向くことができます。
このために必要なことが2つあると思います。ひとつは自分から見えている景色を透明性高く相手にわかりやすく説明することです。もうひとつは、相手の見ている景色を見ようとする姿勢を持ち、「どうしてそのように考えるのか」を想像することです。日本のエンジニアの中には、英語を心配する人がいるかもしれません。とはいえ今はAIの時代です。メールは自動で翻訳され、オンライン会議はリアルタイムで翻訳されたスクリプトが表示されます。言語の壁は以前よりずっと下がっています。
最先端の開発プロジェクトに関わり、会社の改革の過程に参加することは非常にエキサイティングで刺激に満ちていて、成長の機会がたくさんあります。技術力や成長への意欲がある方なら、ぜひルネサスの仲間になってほしいと思います。
聞き手:ありがとうございました。
ニュース&各種リソース
タイトル | 分類 | 日時 |
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