匠インタビュー:「サーフボードシェイパー」小川昌男氏

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わたしたちが尊敬の念を込めて「匠」と呼ぶ人々がいます。彼らはその人並み外れた「匠の技」によって、時に驚きばかりでなく感動をももたらしてくれます。この連載では、様々なジャンルの「匠」にご登場いただきその卓越した技術とともにご紹介して、ものづくりの原点を見つめ直していきたいと思います。サーフボードシェイパー、緻密な論理的思考と豊富な経験が逸品を生む

サーフボードシェイパー 小川昌男氏

西暦400年頃に、ハワイやタヒチに住んでいた古代ポリネシアの人々が始めたと言われるサーフィン。いまでは、世界中のあらゆる海岸で季節を問わず、サーフィンを楽しむ人々を見かけることができる。競技スポーツとしての発展も続けており、小規模な大会から、世界レベルの大会まで幅広く開催されている。サーフィンは、自然の生み出すエネルギ「波」に、サーフボードを唯一の道具として乗る、シンプルで激しいスポーツだ。サーフィンの魅力を左右するサーフボードの性能、その作り手「サーフボードシェイパー」を訪ねた。

サーフボードシェイパー 小川昌男氏

日本のプロサーフィン黎明期に、トッププロとして活躍。シェイパーとしても、その道30年を超す大ベテラン。現在は、ASP 世界プロサーフィン連盟日本支局の要職を務め、競技大会のジャッジとしても活躍。サーフボードの世界的ブランド「Dick Brewer Surfboards」と個人ブランド「OGM Surfboards」でシェイプするサーフボードは、レジャーサーファーから世界ツアーを戦うプロにいたるまで、幅広く評価されている。

サーフボードの性能を左右する「シェイプ」

— 最初に、サーフボードシェイパーの役割をおうかがいします。

シェイパーは、サーフボード製作過程の最初の工程で、最も重要な、素材をサーフボードの形にするシェイプの部分を担います。サーフボードの素材はウレタンと発泡スチロールのようなものの2 種類があり、重さと強度が異なります。その素材を選び、サーフボードの形にするのがシェイパーの仕事で、ここでサーフボードの性能の90%以上が決まります。

シェイプされたサーフボードは、色や絵をつけたり、ガラスクロスやポリエステル樹脂でコーティングする作業に進みます。

— サーフボードの性能を決めるシェイプですが、どのパーツが重要ですか。

サーフボードのすべてのパーツは関係しあっています。そのため、単純にどのパーツが一番重要、とは言えません。特に、サーフボードの長さ・幅・厚み・容量(ボリューム)という全体の形状「アウトライン」と、サーフボードの先端部(ノーズ)と後部(テール)につける反り「ロッカー」、側面の形状「レール」は、サーフボードの性能を大きく左右します(図1参照)。

図1:サーフボードのパーツ(各部)名称

図1:サーフボードのパーツ(各部)名称。ノーズ:サーフボードの先端部。テール:サーフボードの後部。ロッカー:ノーズとテールにつける反り。レール:サーフボード側面の形状。

サーフボードは、水と空気の境界面を走る

— シェイプはどのような工程で行いますか。

まず、最初に決めるのはアウトラインです。全体のカーブの角度が鋭角であればあるほど、ターンがしやすくなります。サーフボードは、水の壁を走るものです。ボード自体に推進力はなく、波が作り出す斜面を落ちていく重力が推進力になります。波の壁を走っているときの水線長(水に入っている部分)が小さくなれば、抵抗がなくなり動かしやすくなります。直線的ではなくカーブのあるアウトラインであるほど、動作性が上がるということですね。

次は、ロッカー(反り)です。ロッカーを強くすると、水に接する面が小さくなりますので、動かしやすくなります。ただし、水に深く沈み込むため、スピードは出にくくなります。

レールは、薄いと沈みやすいので、ボードを傾けやすくなりますが、水に浸かりすぎると抵抗が大きくなって、スピードが出にくくなります。レールは乗り手の脚力を考慮して形状を決めます。例えば、体重が70kgで身長が180cmの細身の人と、同じく体重が70kgで身長が170cmのラグビー選手のような体格の人では、同じ容量が必要であっても、適したレールの形状は異なります。前者は脚力が弱いことが想定されるので、レールが薄いもの、つまり小さな力でもターンがしやすいものが適しています。一方、後者の場合は脚力があるため、レールが厚くてもターンに影響せず、反対にレールが薄いと常に水の抵抗を受けてしまい、スピードがつけられないので、厚いレールが適していると言えます。

波に乗っているときは、波のトップ(上部)からボトム(下部)へまっすぐに滑ることはなく、必ず左右に大なり小なりのターンを繰り返しています。このことは、ボードのボトム(裏面)全体を水平に接水させていることはなく、必ずどちらか一方のレールが水に入っている状態であることを意味します。そのため、サーフボードの運動性を決める、アウトラインとロッカー、そしてレールは特に関係性が強く、一緒に考える必要があります。

2次元で考えていたアウトラインに、ロッカーをつけることで曲面が生まれ3次元になるので、ロッカーをつけることで、アウトラインの歪みや乱れに気づくことはたびたびあります。これらすべてのつながりを確認し、それぞれのバランスをみながら、調整していきます。

— いかに水の抵抗を受けずに、スピードが出やすくするか、その設計が重要ということですね。そのための計算式のようなものはあるのでしょうか。

サーフボードは、水と空気の境界面を走るものです。これが、水の中に完全に入っていれば流体力学だけで解決するのですが、さらに造波抵抗なども考える必要があります。ひとつの理論や理屈だけで解決しない部分が多いのです。

例えば、波が小さく、サーフボードがゆっくり走るような場合には、サーフボードの容量(ボリューム)で決まる浮力が重要になります。浮力が足りないと、サーフボードが沈んでしまいます。逆に、波のサイズが大きくなり、サーフボードの速度があがったときには揚力が大きくなるため、少ない浮力でも浮いていられることになります。

浮力と揚力の関係を、モーターボートを例にしてお話しましょう。モーターボートは速度が上がるに連れて、前方が浮いていますね。これは、揚力が速度の二乗に比例して大きくなるためです。つまり、速度が2倍になったときに、同じ揚力を生み出すために必要な面積は1/4で十分になる訳です。これと同様のことが、サーフボードにも起こります。サーフボードが走り出し、スピードが出るに連れて接水面が後ろに下がり、接水面積が小さくなっていきます。そのためテールが広いボードでは、テールだけで浮くことになり、ボードの前が浮いてしまいコントロールができなくなってしまいますので優れたシェイプとは言えません。速度の変化にも対応するデザイン、さまざまな要素を考えなければならないということです。

写真1:(左)アウトラインの引かれたブランクス、(右)アウトラインに沿ってブランクスをカットする

写真1:(左)アウトラインの引かれたブランクス、(右)アウトラインに沿ってブランクスをカットする

写真2:(左/右)シェイプはプレーナーと呼ばれる電動カンナを用いる

写真2:(左/右)シェイプはプレーナーと呼ばれる電動カンナを用いる

ハンドシェイプとマシンシェイプ、その特性

— 最近では人の手ではなく、マシンシェイプも盛んだと聞きますが、ハンドシェイプとマシンシェイプにはどんな違いがあるのでしょうか。

マシンシェイプのいいところは、再現性があるところです。例えば、以前シェイプしたボードの一部分だけを変更する必要があるときに、ハンドシェイプだと一部だけではなく、どうしても他の部分も変わってしまいますが、マシンシェイプだと完全な部分変更ができ、ある程度完成されたデザインをステップアップしていくには非常に優れた道具となります。

でも、新しいデザインのボードを作るときには、やはりハンドシェイプですね。マシンシェイプ用のソフトは自由度も高く、細かい形状の設定ができますが、3Dの画面上で見ていても、やはりどういうボードになるかは分からない。鉛筆でアウトラインを引いて、その内側を切るか、外側を切るか、というくらい繊細なことを考えるわけですが、マシンはまだそのレベルには達していません。ボードをシェイプするときには、乗り手の体つきや体重、身長、どこでサーフィンするのか、どんな波に対応する必要があるのか、そういったことを総合的に考えます。デジタルで数値を当てはめていく感覚ではないんです。設計のコアになるこの部分は、やはり人間の経験値が必要になります。

写真3:(左)マシンシェイプの様子、(右)マシンシサーフボードの性能をェイプのプログラムは小川氏が自ら開発した

写真3:(左)マシンシェイプの様子、(右)マシンシサーフボードの性能をェイプのプログラムは小川氏が自ら開発した

シェイパーは「職人」ではない

— シェイパーというと、削る技術にフォーカスされがちですが、サーフィンとサーフボード作りの経験値から生まれる設計が大切なのですね。だからこそ多くのトッププロが小川さんのサーフボードを熱望するのでしょうか。

削る技術というのは、10年もやればうまくなりますし、誰でもというのは言い過ぎかもしれませんが、修練すれば身につけられる技術です。シェイパーが「職人」であると表現されるとき、多くの場合は、削る技術について語られていますが、大切なことは、物理学や流体力学などの理論的なこと、そしてその理論ではカバーできないさまざまなことを考慮した上で行う設計です。その上で、実際の経験をもとにブラッシュアップをしていきます。

— 最後に、「最高のサーフボードとは」をお聞かせください。

これまでお話したように、サーフボードの性能や特性は、アウトラインやロッカー、ボリューム、レールの形状などの微妙な組み合わせで決まります。でも、そのボードの調子が良いかどうかを決定する最も重要なポイントは、そのボードの特性が乗り手に合っているかどうかです。そのため、最高のサーフボードは人それぞれによって異なります。だからこそ、シェイパーは乗り手の体型や、乗り方、乗る波を把握した上で、理論的に、かつ経験値に基づいて設計をしていく必要があるのです。

— 高度なサーフボードシェイプが、「感覚」だけに頼るものでないことが理解できました。豊かな経験と深い知識が求められるのですね。